日本人の美意識について

陶芸

中国や朝鮮、その他の国々では作っている器やツボの腹に、へらの痕や凹みができたら、それは失敗作として捨てられてしまいます。しかし、日本人の美意識では「面白い、これは有り」と言う具合に全く日本人の美意識は世界中を見ても違っています。これは一体どこから来る美意識なのでしょうか? それは大別すると「禅」から、小別すると千利休の茶道の精神に「侘び、寂び」が有りますが、この中に「不完全な物に価値を見出す」と言うものが有ります。「完全な物では面白く無い」というのです。これが日本人独特の美意識の根源かと思います。それは茶道だけに治りません、日常の全てのことに繋がっています。貴方が異性をみる眼にもつい「不完全」を求めてしまうところがそうなのですよ。この美意識は、おそらく柳宗悦の民芸の中にも反映しているのだと思います。しかし、民芸は見る側、収集する側の心であって、決して作る側の心では無いと思います。「日常雑貨の中にこそ本当の美がある」それを追い求めると、陶芸の作家は作家になることを断念して、まずは陶工として一から始めなければならないでしょう。大望を捨て、身なり生活は質素にして、毎日里芋を入れる器を、ご飯を入れる茶碗を一日中量産して、月の売り上げを計算し、伴侶と子供の生活を考えなければならないでしょう。そんな生活の中で、いつか民芸の秀作として他人に認められることを夢見て陶器を制作しなければならないのです。自分で作った陶器を「これは自信作なんです。是非見て下さい」とは言えないのです。

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